福岡地方裁判所 昭和24年(行)44号 判決
原告 桑野梅太郎
被告 福岡県農地委員会・西牟田村農地委員会
一、主 文
原告の請求はいづれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
被告福岡縣農地委員会が昭和二十四年三月二日別紙目録記載第一の農地についての原告の訴願容認の裁決を取消した行政処分はこれを取消す、被告西牟田村農地委員会が昭和二十四年五月十六日の通知により爲した別紙目録記載第二の農地についての賣渡計画を取消した行政処分はこれを取消す、訴訟費用は被告等の負担とする。
三、事 実
原告はその請求原因として被告西牟田村農地委員会は昭和二十三年九月二十七日別紙目録記載第一の農地二反六畝二十六歩を訴外中野マスヨに対し、第二の農地八反七畝十一歩を原告に対しそれぞれ賣渡す計画を樹てた、然るに右第一の農地は買收の時期昭和二十年十一月二十三日当時原告が耕作又は肥培管理を行つていたものを地主訴外宮崎健藏から不当に引揚げられた一反四畝二歩、原告が現在においても耕作して居る九畝二十一歩及び同日現在において原告が管理して居つて当時耕作者訴外室岡栄藏が耕作を抛棄した二畝十歩等その全部について原告が賣渡の相手方たるべき農地であつて右中野マスヨは該農地の賣渡の相手方に該当しないので右農地の買受申込をした原告は被告村農地委員会に対し右中野マスヨに対する賣渡計画の部分について異議の申立をしたが棄却せられた故同年十月二十五日被告縣農地委員会に訴願したところ同委員会において同年十二月六日審査の結果これを容認し右の賣渡計画の部分を取消し該農地も原告に賣渡すべき旨裁決した、それで原告は同年十二月十六日第一及び第二の農地賣渡代金合計五千二百八円四十八銭を西牟田村に予納し前記第二の農地については賣渡通知書の交付を受けた、然るに被告縣農地委員会は昭和二十四年三月二日に至つて右のように第一の農地二反六畝二十六歩の賣渡計画の部分を取消してこれを原告に賣渡すことにした裁決を取消した上、被告村農地委員会に対し第一及び第二の農地についての本件賣渡計画の取消方を指示した、それで被告村農地委員会においては該指示に基き同年四月七日本件賣渡計画を取消し被告縣農地委員会に申請し同年同月十二日その承認を得たので同年五月十六日原告に対し本件賣渡計画の取消が通知せられた、然しながら第一の農地二反六畝二十六歩については前記の如く未だ賣渡通知書の交付は受けなかつたが原告が既にその賣渡代金も納入した後において被告縣農地委員会が原告の訴願により原賣渡計画を取消して原告に賣渡す旨一旦決定した裁決を取消したのは違法である。又第二の農地八反七畝十一歩については前記のように適法に原告に賣渡計画が樹てられ、これに基いて賣渡通知書が交付せられ賣渡代金も納入済で從つて該農地の所有権は既に原告に移轉した後において被告村農地委員会がその賣渡計画を取消したのは違法である。
よつて被告縣農地委員会に対しては前記裁決取消処分の取消を被告村農地委員会に対しては右賣渡計画を取消した処分の取消を求める本訴請求に及んだ次第であると述べ、被告等の答弁に対して被告等主張のように本件農地について一旦訴外中野マスヨとの間に被告西牟田村農地委員会の調停斡旋により協定の成立したことは認めるが該協定は当初より事実に添はない不当のものであつたばかりでなく中野マスヨにおいて協定成立後同人に賣渡予定の農地二反六畝二十六歩及び家屋を他に賣却せんとしていることを聞知したので協定成立後間もなくしてこれを破棄した、原告に賣渡計画の八反七畝十一歩は全部当然原告に賣渡さるべきものであつてこの内に右中野マスヨに賣渡さるべき部分は含まれていないと述べ立証として甲第一乃至第八号証を提出し乙第五号証の一、二は不知その余の乙号証は全部その成立を認めると述べた、被告等代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告の主張事実中被告村農地委員会が別紙目録記載第一の農地二反六畝二十六歩を訴外中野マスヨに第二の農地八反七畝十一歩を原告にそれぞれ賣渡す計画を樹てたこと、原告が第一の農地の買受申込者として中野マスヨに対する賣渡計画の部分について被告村農地委員会に対し異議を申立てたが棄却せられたので被告縣農地委員会に訴願を提起したこと、原告が第二農地について賣渡通知書の交付を受けたこと及び第一第二の農地の賣渡代金を予納したこと、被告村農地委員会が原告に対する第二の農地賣渡計画を取消し該取消について被告縣農地委員会に申請しその承認を得て原告に対しこれが取消の通知の爲されたこと、この取消処分が原告に対する賣渡通知書の交付後になされたこと第一の農地についての賣渡計画も共に取消されていることはいずれも認めるがその余の事実はこれを爭う被告縣農地委員会が原告の訴願について昭和二十三年十二月六日審理を行つたことはあるけれども原告主張のような裁決を爲したことはない。尤も同日訴願当事者を審問した結果訴願の請求が一應理由があるように看取されたので訴願を容認するいわば内部的な意思決定を見たことはあるが裁決書の作成には至つていないから裁決があつたことにはならない、そしてその後において被告縣農地委員会が買收の時の現在における事実について誤認していたことが発見されたので昭和二十四年三月二日訴願の審査を再開して審理を続行したことはある。然も右のように裁決があつたものではないのでそのときこれが取消を行つたということもない。本件農地の賣渡計画を取消したのは次のような理由によるものである、すなわち本件農地については買收の時の現在における耕作の事実並びに権利関係について不明な点が多く而もその認定が極めて困難であつたが原告と前記中野間にその耕作権を繞つて紛爭が反覆継続されていたので被告村農地委員会が調停斡旋の結果昭和二十三年九月十三日被告村農地委員会会長及び委員八名立会の下に原告と右中野間に從來の紛爭を円満に解決すると共に耕作者の便益と農地の集団化を目的として耕地の交換を計つた協定が取り結ばれ被告村農地委員会もこれに基いて本件農地の賣渡計画を樹てることを確約した、それで被告村農地委員会は該協定を基礎として原告と右中野とに対しそれぞれ本件農地の賣渡計画を樹てたのである。ところが原告はその後間もなくして右協定を一方的に破棄し中野マスヨに対する第一農地の賣渡計画に対してのみ異議訴願を申立て原告が賣渡の相手方たるべき権利を主張して中野が賣渡の相手方たるべき適格を爭う以上同一協定を基礎として原告に賣渡計画を立てた第二農地の部分についても当然その適否について檢討を加えることが必要となる第二の農地も原告が第一順位の賣渡の相手方たる農地ばかりではなく、その中には却つて紛爭の相手方たる前記中野が第一順位の賣渡の相手方たるべき農地が含まれている。從つて原告に対してのみ協定どおり第二の農地の賣渡計画を維持することは原告に不当な利益を與える反面正当な賣渡の相手方たるべき者の権利を侵害し自作農創設特別措置法の規定に反する著しい瑕疵のある行政処分たるを免れ難いこの違法性は原告の協定破棄を原因とする法律上当然の結果であつて被告村農地委員会は右の違法性を除去し更めて適法な賣渡を行う爲原告に対する本件賣渡計画の取消を行つたのである、かような訳であるから原告の既得権を侵害するとの理由から右取消処分が違法性を帶びることとはならないと述べた。(立証省略)
四、理 由
先づ被告縣農地委員会に対する請求について按ずるに被告村農地委員会が昭和二十三年九月二十七日別紙目録記載第一の農地二反六畝二十六歩を訴外中野マスヨに対し第二の農地八反七畝十一歩を原告に対しそれぞれ賣渡す計画を樹てたこと原告が右中野に対する第一の農地の賣渡計画の部分について被告村農地委員会に対し異議を申立てたが棄却せられたので被告縣農地委員会に対し訴願を提起したことは当事者に爭がない、原告は被告縣農地委員会において同年十二月六日原告の右訴願を審理の結果これを容認し中野に対する第一の農地の賣渡計画の部分を取消し該農地を原告に賣渡すことに裁決した旨主張し被告縣農地委員会が原告主張のように原告の訴願につき審理を爲し一應理由ありそうに見えたので訴願を容認する内部的な意思決定のあつたことは同被告の認めるところである。然しながら訴願の裁決は裁決書の作成に依つて成立することは訴願法の明定するところであるが、本件に顕われた全立証を以てしても未だ原告の訴願について裁決書が作成せられた事実を認めることができないので結局原告の主張するように昭和二十三年十二月六日訴願の裁決があつたことにはならないことになる。從つてその裁決を被告縣農地委員会が昭和二十四年三月二日取消すということも法律上あり得ない訳であるから同被告に対し一旦爲した裁決を取消すのは違法であるとしてその取消処分の取消を求める原告の請求はその対象となるべき行政処分が存在しないのでこれを認容するに由なきものである。
次に被告村農地委員会に対する請求について審究するに、被告村農地委員会が別紙目録記載の第一の農地二反六畝二十六歩を訴外中野マスヨに第二の農地八反七畝十一歩を原告にそれぞれ賣渡す計画を樹てたことは前認定の通りであるところ、同被告がその後昭和二十四年三月七日右賣渡計画を取消すこととし、被告縣農地委員会に申請しその承認を得たので、同年五月十六日原告に対し右取消の通知が爲されたことは当事者間に爭がない。
よつてその取消の当否について考えるに成立に爭のない乙第一乃至第三号証及び証人宮崎健藏の証言、被告村農地委員会代表者田島辰藏本人尋問の結果並びに檢証の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件農地はもと原告の所有であつたところ原告が事業に失敗の結果賣却せんとする状況にあつたので、原告の縁辺に当る訴外宮崎健藏の父が、昭和三年頃これをその上に存する建物と共に買受けて移り住んだが原告も他に住家のないところから、右建物の一部に居住して來たそんな関係で本件農地中一反歩許りは原告の菜園畑として健藏の父より耕作を許されていたが、父が昭和十年頃死亡し、健藏においてその家督を相続し本件農地の所有権を取得した後も右一反歩許りの土地は依然原告の耕作を許していた、健藏はもともと職業の関係で他出して父母とは別居していて父の死亡後母も他地に行き本件農地の管理をなす者がなくなつたので原告が右のように健藏の遠縁に当り本件農地の元所有者で、その上に存する建物に居住している関係から自然本件農地を管理する形となり他に職業もないまま他に賃貸せる土地以外は原告においてこれを耕作していて他に賃貸せる土地も次第に返還を受けて耕作するようになり本件農地はその大部分を原告が耕作していた、かかる状態のところに健藏の実妹である前示中野マスヨの一家が終戰後昭和二十年九月頃外地より引揚げて來て健藏の父母がもと居住していた本件農地の上に存する建物に居住することになつたが、引揚げ早々にして職もない上に当時食糧事情の窮迫せる折でもあつたので健藏に相談しその許を得て本件農地の耕作をなすことにした。然し右に述べたように、本件農地は原告の管理に委された形で又その大部分は原告において耕作していたので中野において耕作するについては農地の返還乃至その耕作の権利をめぐつて両者の間にとかく紛爭が絶えなかつた。ところで今次の農地改革に当り、本件農地はいわゆる不在地主の所有地として買收せられ、次でこれを賣渡さるることとなつたが、本件農地のいずれの部分を原告が耕作する権利があり又いずれの部分を中野の方で耕作する権利があるか、從つていずれの部分を原告又は中野に賣渡すべきかについて必ずしも明でなく、地元の被告村農地委員会においてもこれが判定に苦しむところも多かつたので、被告村農地委員会が主となつて原告と中野との間を数次に亘り調停を試みた結果、終に昭和二十三年九月十三日被告村農地委員会(会長及び委員八名)立会の下に両者間に協定が成立し(この協定成立の事実は当事者間に爭がない)乙第一号証の覚書を作成した。而して該協定の趣旨とするところは、原告と中野間における本件農地をめぐつて從來の紛爭を円満に解決すると共に両者の耕地が錯綜しとくに細分化されていたので耕作者の便益の爲に耕地の集団化を目的としてその交換を計つて、原告と中野に賣渡さるべき耕地の部分を定め、その耕地の境界は両者立会の上被告村農地委員会にその設定を一任する、そして被告村農地委員会はその定めるところに從つて原告と中野にそれぞれ本件農地を賣渡すこととするということであつた。それで被告村農地委員会は右協定の趣旨に基いて、前認定のように別紙目録記載の本件農地中第一の二反六畝二十六歩を中野マスヨに、第二の八反七畝十一歩を原告にそれぞれ賣渡す計画を樹てた、然るにその後間もなくして原告は右協定を破棄する旨申出で(この協定破棄の事実は当事者間に爭がない)前認定のように中野に対する第一の農地二反六畝二十六歩の賣渡計画の部分についてのみ被告村農地委員会に対し自己が賣渡を受くべき相手方であつて、中野マスヨは賣渡の相手方たるべき適格がないと主張して異議を申立てその容れられざるや、被告縣農地委員会に訴願を提起したそこで被告縣農地委員会においては、本件農地の賣渡計画について実態調査を爲したところ、中野に対する第一の農地の賣渡計画の部分のみならず原告に対する第二の農地の賣渡計画の部分についても、賣渡の相手方たるべき者に事実相違するところありとし昭和二十四年三月二日本件農地の賣渡計画の取消方を被告村農地委員会に指示したところ、被告村農地委員会においても右賣渡計画が事実に適合せざるものあることを認めて、前認定の如く同年同月七日これを取消すこととし被告縣農地委員会に申請してその承認を得た故同年五月十六日原告に対して右取消の通知のなされたことを認めるに足りこれを覆すに足る証拠は存しない。思うに本件農地の賣渡計画は右の如くその賣渡の相手方たるべき者を確認することなくして賣渡の相手方となるべき者と考えられた原告と前示中野マスヨとの間に取り結ばれた協定に基いて樹てられたものであるけれどもその協定の取り結ばれるに至つた前記の事情からすればやむを得ない措置として一應その合理的な理由が首肯される。然しそれはあくまでも右協定が当事者間に遵守せられて有効に存することを前提とするものであつて、前認定の如く右協定がその一方の当事者たる原告より成立後間もなくして破棄せられてその効力を失うに至つた以上これに基く本件賣渡計画を正当づける唯一の根拠が失われた訳だからその賣渡計画は客観的事実に吻合する等他の理由により正当視されるものがない限り、更に事実に適合する計画を樹てる爲これを取消されるも亦やむを得ないものといわねばならない。然るに本件農地の賣渡計画はその全部が客観的にみて眞実賣渡を受くべき相手方に対し賣渡の計画を樹てられたものと認めるべき資料は存しない、却つて前記認定のように賣渡の相手方たるべき者の判定が困難なる事情があつて本件協定の成立した経緯に鑑みれば本件賣渡計画は必ずしも本件農地を眞実その賣渡の相手方たるべき者に賣渡すこととなつてはいないことが窺われる。もつとも檢証の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば原告に賣渡さるべき本件計画の第二農地中には原告が第一順位の賣渡相手方たるべき土地が多く存するであろうことはこれを看取するに難くないけれども、檢証の結果に徴すれば本件農地は一筆の土地にしてこれを数個の小地区に区分してその中二反六畝二十六歩を中野マスヨに、八反七畝十一歩を原告にそれぞれ賣渡す計画を樹てられたもので、その区分された境界は前認定のように協定では原告及び中野立会の上被告村農地委員会において設定することになつていたところ、被告村農地委員会代表者田島辰藏本人尋問の結果によればその境界の設定に原告が異議を申出で未だこれが確定に至つていない事情や賣渡登記手続の点等を考慮に入れるときは本件賣渡計画の取消は本件農地の全体についてこれを是認せざるを得ない。
然るところ原告は本件賣渡計画の取消は原告の既得権を侵害することとなるから違法であると主張するので考えるに原告に対する賣渡計画の第二農地八反七畝十一歩については原告に対し賣渡通知書の交付があり原告において既にその賣渡代金も予納済であることは当事者間に爭のないところであるから賣渡手続の通常の状態では右第二の農地は原告に対する賣渡手続が完結してその所有に帰すべきことは殆んど確定的にしてこれを期待し得べきことももとより当然である。從つてその後において右賣渡計画を取消すにおいては原告のいわゆる期待権乃至既得権を侵害することになること勿論である。然しながら本件賣渡計画の取消は前記認定のようにその計画の基礎となつた協定が原告の破棄によりその効力を失つたが爲これを取消さざるを得ざるに至つたもので賣渡計画自体はこれを客観的にみてその全部が眞実に吻合するものではなく却つて原告に賣渡計画の第二農地八反七畝十一歩についてみるも必ずしも賣渡の相手方が全部原告であるとは云い難くその中には原告以外の者すなわち例えば前示中野マスヨを賣渡の相手方となすべき土地も含まれていると認められることを考えるときは、本件賣渡計画を取消すことなくしてこれを維持することは原告に不当な利益を與える反面他の賣渡の相手方となり得べき者の利益を侵害することとなるのである。既得権はもとより尊重せらるべきであるが一方の権利のみ尊重せられて他方の利益は無視せられてもよいという道理はない、そもそも自作農特別措置法は適正に運用せられねばならない。そしてその適正なる運用を期する爲には客観的な事実を基礎として賣渡計画の樹てらるべきことはいうを俟たないけれども賣渡の相手方となるものと予定せらるる者の間において賣渡の相手方につき判定の困難な農地につき協調して協定ができその協定せられたところに從つて賣渡計画の樹てられた本件の場合においては一應その計画を合理的な措置として是認し得べきこと前記説示の如くであるが該協定が破棄せられて存立の基礎が失われた以上その賣渡計画は同法の適正なる運用による客観的な事実によつて批判是正せらるべきで、既得権尊重の立場のみからこれが是正を拒むべきものではないものと解すべきである。而も被告村農地委員会の主張に從えば同委員会は改めて自作農創設特別措置法の定めるところに從つて本件農地の賣渡計画を樹てる爲本件賣渡計画の取消を行うたというのであるから、その取消は原告のいわゆる既得権(原告主張のようにそれが所有権であるとしても)を終局的に剥奪するものではなく新に樹てられる計画によつて原告は正当な範囲において本件農地の賣渡を受けらることになるのである。然るにも拘らず原告が前記協定を破棄してその一方の協定当事者である中野マスヨに対する賣渡計画の部分についてのみ異議訴願の申立を爲して自作農創設特別措置法の嚴正な適用を求めながら同じ基盤に立つ原告自身に対する賣渡計画の部分については既得権を盾にその取消の違法を主張するは著しく信義の原則に反するものというべく、その主張の容認し得らるべき限りでないこと多くいわずして明である。
以上説明の如く本件賣渡計画の取消処分は相当であつて原告主張のようにこれを違法と認むべき点は存しない。
よつて原告の請求はいづれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野田三夫 入江啓七郎 眞庭春夫)
(目録省略)